アスリート

青コーナー163センチ75キロ。ナガノ・V・アキ~~~ラァ~~!

永野明
2017.10.05

「青コーナー163センチ75キロ。ナガノ・V・アキ~~~ラァ~~!」

1997年4月障害者プロレスラー ナガノ・V・アキラ誕生。

東京下北沢の北沢タウンホールでの3対3の6人タッグマッチがデビュー戦でした。健常者チーム相手の”異者”格闘技戦で、僕と同じチームには、現在も障害者プロレスドッグレッグスで活躍しているサンボ慎太郎選手が一緒でした。

相手チームの選手の顔ぶれはほとんど覚えていません。

デビュー戦は一生で一度きり、ここで何か爪痕を!と興奮して前のめりでした。名乗りを受け青コーナーに一度下がった後、デビュー戦の僕が先鋒を買って出ました。

 

 

最初はリングに上がれるだけで嬉しかった。そして楽しいと思った。競争心とか勝利への執着心とかは全くなかった。でも、リングに立ったら勝ちたくなった。少なくとも自分が負けて自分のチームが負けるのは嫌だった。

 

そしてゴングが鳴る!

「カ~ン!」

障害者プロレスは基本的にレスラーが障害者なので、メキシコ流のプロレス、ルチャリブレのようにリング上で飛んだり跳ねたりすることはほとんどありません。

試合のスタイルとしては、総合格闘技のようなスタイルでタックルから入り相手に寝技を仕掛けていくか、相手に打撃や関節技をかけていくかの試合運びになります。

障害によって相手に掛けられる技やできる技が選手それぞれ偏ってしまいます。僕は完全な総合格闘技スタイルで、定石通りタックルから入り相手に寝技を仕掛けていきます。プロレス人生最初の技は「V1アームロック」。最初に覚えた技で、今でも使っている技のひとつです。

 

 

試合結果としては健常者チームに負けた試合だったと記憶しています。3対3ということもあり、技をカットされコーナーにてほかのレスラーとタッチして交代。もう少しやりたかったなあという気持ちだけ鮮明に憶えています。

試合後、リングのエプロンサイドでサンボ慎太郎選手に手首をつかまれ、左手を高々と上げてもらいました。お客さんからは温かい拍手が注がれ、やっとデビュー戦が終了。最初の練習から、はや4ヶ月でデビューしてしまった僕のプロレス人生が始まりました。

僕としてのプロレススタイルは、総合格闘技のスタイルもいいけど、できればもっとプロレスチックな動きができたらいいなと思っています。一時期はフライングラリアットや浴びせ蹴りなど、他の障害者レスラーが使わない技も使っていました。今年から来年にかけて、またあの技を磨き直してお客さんの前で披露できたらいいなと考えています。

 

 

現在、僕が代表を務める障害者プロレスFORCEの活動拠点は福岡で、年3~4大会行っています。その団体も今年で設立17年目。今年の4月には初めて大阪での大会も開催しました。

観客数211名。この数字はFORCE史上最高の動員数で、たくさんの九州以外の方に試合を見てもらえたことは本当に嬉しいものでした。

障害者レスラーを20年やっていて、老舗ドッグレッグスのチャンピオンになれていないということが、実に悔しいし、高くて厚い壁なんだなと感じています。過去にチャレンジする機会をもらいましたが失敗に終わっているので、あと何年できるかわからない障害者レスラー人生で、何とかしてタイトル奪取したいです!

 

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